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2016年01月03日
編集部編集部

スポーツで広島都心部の歴史と文化を継承、一刻も早く「複合型多目的サッカースタジアムの新設を!その意義を2016年、年明けに探る(4)

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旧広島市民球場跡地
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2012年当時、発表された旧広島市民球場跡地のサッカースタジアムプランのひとつ。紙屋町エディオン広島本店あたりから俯瞰したパース。広島商工会議所はそのままスタジアムの左手前に残されている。またスタジアム右手前にも「多目的」利用できる施設がレイアウトされている。スタジアムの「長軸」が南北にとられていることも非常に重要で、広島市内のどこにスタジアムを建設するにしても分かりやすく言えば「川の流れに沿って」縦長にレイアウトしなければいけない。エディオンスタジアム広島の「長軸」は「東西」でここでもサッカースタジアムとしては大減点。

 

旧広島市民球場跡地に一刻も早くサッカースタジアム新設を!その意義を2016年、年明けに探る。

第4弾は2012年11月にひろスポ!運営母体のスポーツコミュニケーションズ・ウエストから発刊された「CARP2012-2013永久保存版」に掲載された特集「広島市民球場跡地には複合型多目的スタジアムが必要不可欠」から引用の記事を紹介する2回目。

前回は2005年から2012年にかけて、旧広島市民球がどのような経過で解体され、その跡地とサッカースタジアムがどんな関わりを持ちながら、今となっては無意味とさえ思えてくる論議を繰り返してきたかを見返した。

今回は、この特集「広島市民球場跡地には複合型多目的スタジアムが必要不可欠」から場解体と 球場跡地を巡る動き」の「前文」と「本文」導入部分を紹介する。

「本文」は関係者の当時(2012年)の声を拾い上げながら展開する。今回、声を紹介するのは、旧広島市民球場解体に反対を唱え、跡地問題とスポーツ施設による活用策に前向きに取り組む広島市議会議員の木山徳和さん、旧広島市民球場跡地が地元の財産でもある大手町一丁目町内会長、岡野賢太郎さん。

 

広島市民球場跡地には、複合型多目的スタジアムが必要不可欠!〜スポーツで都心部の歴史と文化を継承〜

都心のど真ん中にポッカリと空いた旧広島市民球場跡地の活用策を巡る論議がいよいよ大詰めを迎えています。

2011年11月発売の「CARP2011-2012永久保存版」では「跡地活用策」として、跡地周辺施設の中で老朽化の目立つ青少年センターや中央図書館を合築するサッカースタジアム案を提案しました。「Jリーグ開催以外の300日以上を草サッカー、ソフトボールなどのスポーツと各種イベント開催で利用する、365日賑わう舞台装置」がコンセプトでした。

今回は各界関係者のみなさんのお話を基に「なぜ、旧広島市民球場のあった場所に複合型多目的スタジアムが必要不可欠なのか」をまとめてみました。

「球場跡地には○○を整備して欲しい」。それこそ、その願いは十人十色です。しかし、世界遺産の原爆ドームに隣接する“貴重なゾーンにだからこそ整備すべき新たな広島の顔”になる舞台装置となると、その答えは自ずと限られてきます。

解体された旧市民球場の 思いを託すスタジアムに

旧広島市民球場の老朽化に伴い「新球場建設」の声が高まった2004年以降、広島市議会本会議や市議会特別委員会を何度も傍聴してきました。その中で印象深いことがいくつかありました。

2009年3月、広島市役所に隣接する議会棟4階であった予算特別委員会。「広島市民球場解体延期」を切々と訴える議員の姿がありました。市民球場に愛着を持ち、球場周辺の住民の声に耳を傾けてきた木山徳和議員でした。

木山議員は市の担当者に問いかけました。「多くのお年寄りが今の市民球場にどんな思いを抱いているか、それを広島市はご存じなのか…」。しかし「球場解体の延期」の声は届かず、2010年6月には「球場解体」が決まり、その後は「球場跡地活用策」を巡る動きが活発になり始めました。

2011年3月、6期目の選挙戦を迎えた木山議員は自身のポスターに旧市民球場の姿を刷り込み、「跡地活用策は引き続き重要課題」であることを訴えました。2012年7月、木山議員は副議長に選出され、その後も各界各層の意見に耳を傾けながら、跡地活用策についての考え方をまとめてきました。

木山議員の話

跡地活用策については旧市民球場跡地委員会で「文化芸術」「緑地広場」「スポーツ複合型」の3案に絞り込まれました。「芸術」「緑地」の2案は秋葉忠利前市長の時に企画立案 されたものと大 差ありません。 広島市がその2 案で考えたいと するなら、元か らあった案と変 わらないことに なります。

一方、 一般的に評価が高くないとされるサッカー場を含めた複合施設については「スポーツ王国広島」再建のためにもぜひとも必要と考えます。広島スポーツの代表ともいえる野球を通して戦後の広島の復興を力強く後押ししてきた旧広島市民球場。その存在により周辺地区が栄えてきたことは誰しもが認めるところでず。

その跡地にふさわしい施設は、当然広島人のスポーツマインドを強烈にくすぐるものでないといけない、と私は考えます。

 

以上、木山議員の話の冒頭に出てきた旧市民球場跡地委員会は秋葉前市長からバトンを受けた松井市長の肝いりで2012年2月にスタートしました。

委員会メンバー22人(スタート当初)は広島市が選出しました。ただ、市立大関係者や市スポーツ協会関係者など広島市に関連のある組織や市OBから選ばれた委員や、市から活動補助金を受けている組織の関係者も含まれているため「公正な話し合いができにくいのではなか?」という声が上がっているのも事実です。

そんな中、大手町一丁目町内会長の岡野賢太郎さんは、旧市民球場の佇む風景を見続けてきた地元住民の代表として跡地委員会に加わりました。

これまで耳にしてきた球場跡地周辺住民の声や、会社経営者の立場で地元政財界関係者と意見交換する中で聞いた話をもとに、街の声を次のように代弁します。

 

岡野委員の話

跡地委員会では、い きなり「お金がない」 という声が上がりま した。それはないで しょう?広島市は地 下街シャレオやアス トラムライン白島新駅にいったいいくら使ってきたか?一般会計以外に広島市には換金可能な資産がたくさんあると思いますよ。まず「お金」の話から、というのでは各委員の発言も萎縮しかねません。「お金はない」ではなくて「ある」。ただし「作った後の経済的負担をどうするか」は考える必要があります。

たくましく生きる姿を 世界に伝えてこそ

ところで「芸術」と「緑地」案、あるいはこのミックス案は秋葉前市長時代のプランから「折り鶴施設を外しただけ」です。だから私は独自のサッカースタジアム案を跡地委員会で提案しました。

こういう話し合いはどうしても「理念」に傾きがちになります。具体案を示しているのは委員の中で私だけです。 人類史上葉初の出来事が起こったこの街の住人として、我々が考え続けていかないといけないことは何か。批判はあるでしょうけど広島が特別な被害者だとは思いません。悲惨さに大小や多い少ないはないと思います。戦争という行為自体が悲惨なのです。

外国の方と話をすると、もちろん被爆についても興味を示します。でもそれ以上にこの広島市がその後をどう生きてきたかに興味を持ちます。いつまでも嘆いていることが被爆都市のスタンスというのはどうなのでしょうか。

本当の鎮魂とは、残った者、あるいは生まれた者がたくましく生きる姿を見てもらうことなのではないでしょうか? 国の力が薄れつつあることやネット社会の到来によって広島の「中枢性、拠点性」が揺らいでいることも十分に考慮する必要があります。

我々は「中枢性、拠点性」にもう一度、目を向けるべきです。カープもそうですが、サンフレッチェ広島が街の拠点性に大きく寄与しています。 私も完成したばかりの広島市民球場に手を引かれて連れていかれたクチです。

終戦直後のあの未来志向、多くの方たちの功績や記憶、記録を留めるための「連続性」を持つ、ということはとっても大切なことです。そういう意味でも「複合型スタジアム」が一番です。

新サッカースタジアム取材班

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