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カープが40年間日本一になれない理由④…最後の日本一が1984年、松田元オーナーが球団トップになったのが1985年~斉藤優汰一軍初先発計画失敗の巻

斉藤優汰

画像は斉藤優汰

 

きょう8月30日(土)のヤクルト18回戦(神宮球場)で、広島は高橋昂也が先発する。

 

先週土曜の先発は森下暢仁。開幕投手も務めた右腕はかつてのような勝てる投球が続かず出場登録を抹消されて独自調整中だ。

 

だが、森下暢仁の代役には腹案があった。2022年ドラフトで松田元オーナーが果敢に指名したドラフト1位右腕、斉藤優汰の一軍先発デビュー…それを、この土日当たりで目指した節がある。

 

斉藤優汰は2023年、24とも一軍登板なし。今季は5月2日、唐突感満載で一軍に呼ばれるとその日の中日戦(マツダスタジアム)で一軍デビューを果たしたものの1回15球を投げただけで、また二軍生活を続けている。

 

ここまで二軍では28試合に投げて防御率2・38、3勝3敗2S、41回2/3で25四球、ウエスタン・リーグワーストの12暴投…

 

8月15日の二軍戦で中継ぎ登板した斉藤優汰は23日(土)の阪神戦(SGLスタジアム尼崎)に先発登板、この日は午後5時プレーボールで最終テストにはもってこいのマウンドになった。

 

ところが結果は惨憺たるもので、二回1イニングだけで30球を要し、しかも3連続四死球など計5四死球、3暴投。結局4回を投げて7四死球という有様だった。

 

24日(日)には2023年のドラ1右腕、常廣羽也斗が今季初登板、初先発で勝ち投手になったばかり。それに続くオーナープランだったのだろうが、無理矢理テストしたってうまくいくはずもない。その分、現場には無用の重圧がかかり続けることになるのは言うまでもない。(ひろスポ!カープ取材班&田辺一球)

 

 

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