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広島経済大学の招きでブッフバルト氏が広島で講演、「激変する世界のサッカー~ワールドカップ北中米大会が見せた現実と未来」を語る

ブッフバルト

画像は講演するブッフバルト氏

世界のスポーツ界で活躍する著名人を招き、スポーツを通して広島の国際化と街づくりを推進するプロジェクト、広島経済大学 国際スポーツサロン(主催:学校法人石田学園)が10月30日、広島市中区の広島国際会議場で開催された。

13回目となる今回は、Jリーグでの活躍などでも広く知られるドイツ連邦共和国出身のギド・ブッフバルト氏が招かれた。

講演の題目は「激変する世界のサッカー~ワールドカップ北中米大会が見せた現実と未来」。非常に関心の高いテーマだったようで、講演後には来場者から多くの質問があった。

長らくジュニアの指導現場に関わってきたサンフレッチェ広島普及部ディレクターの塩崎浩作さんは「育成世代の親とのかかわり方」などについて尋ね、ポツダム(ドイツ・ブランデンブルク州)から交換流学で広島に来たという学生は「ワールドカップにおける日独の将来」についてズバリ聞いた。またドイツ留学を経験した広経大の男子学生は日本での言葉の壁などについてドイツ語で質問した。

 

ブッフバルト氏は1961年1月生まれの元ドイツ代表のDF。1983年から1994年までVfBシュトゥットガルトに所属するなどして公式戦387試合に出場、1984年と1992年にはドイツ・ブンデスリーガ優勝に貢献して1998年に引退した。

ドイツ代表では76試合に出場。FIFAワールドカップ(W杯)1990年イタリア大会には西ドイツ(当時)の主力として出場し、決勝ではアルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナを抑えて世界王者になった。

1994年のW杯アメリカ大会にも出場。同大会後に誕生から2シーズン目を迎えていたJリーグに活躍の場を移し、1994年から1997年まで浦和レッズに所属。リーグ戦だけでも127試合に出場して、当時「Jリーグのお荷物」と揶揄されていたチームに闘うための新風を吹き込み、1995年、1996年にはJリーグベストイレブンにも選出された。

引退後は指導者として活動。2004年から2006年には浦和レッズ監督を務め、2006年にクラブクラブ史上初のJ1リーグ優勝を成し遂げた。

現在は古巣のVfBシュトゥットガルトクラブアドバイザーとして、スポーツを通じた国際交流、人材育成、日独友好のための活動を続けている。

なお、VfBシュトゥットガルトの「VfB」は「Verein für Bewegungsspiele」の頭文字で、「運動競技(Bewegungsspiele)のためのクラブ(Verein)を意味する。「VfB」はドイツの伝統的スポーツクラブ命名形式のひとつで、1893 年に創設された歴史あるクラブともにブッフバルト氏は歩んできたことになる。

 


会場の様子

ブッフバルト氏講演要旨

・一度は海外挑戦がうまくいかなかった私に、1994年のW杯後、浦和レッズから誘いがありチャレンジすることを決めました。

・ドイツの小さな都市(シュツットガルト、バーデン=ヴェテンブルク州の州都、人工およそ60万人)から東京・埼玉にやってきた私をみなさんが温かく迎えてくれました。

・サッカーに関して大きな差は感じなかったが、フィジカル、テクニック、戦術面の違いを少し感じました。

・3年半、日本でプレーして帰国してからも日本のことは常に頭にありました。再び声がかかり今度は監督として浦和レッズの一員となり、天皇杯やリーグ戦で優勝できました。

・ヨーロッパでは多国籍のチームでいかにうまくやっていくか?あらゆる大会に夢を持って臨むことが大事だと考えます。他の人の文化的背景や考え方を受け入れて、リスペクトの精神を持ってやっていかなければいけません。

・私は65歳ですが幸いにしてここまで戦争をしない環境下で過ごしてきました。私としては、自分が相手にやってあげたいな、ということは自分もやってもらいたいと感じますし、相手にしたくないと思うことはやはりやって欲しくない…という考えをモットーにしています。

・私がこの先もずっと尽力したいと思っていることがあります。広島、長崎で起きた残念な出来事を継承していくとともに、平和で暮らしていける世界であり続けたいと…

・(マラドーナとのW杯決勝対決で完封勝利したことに関して質問されて)フランツ・ベッケンバウアー監督の下で彼を抑えるためにまずは極力ボールを回さないこと、次に彼を中央でフリーにさせないように、左右サイドに追い込むことを指示されました。さらに彼がボールを失ったあとは守備に回らないのでそこを突いていけ、と…ただ個々の選手も大事だけど、やはりチーム全体への対応の必要性を強調されました。

・(フェアプレーを綱抜くスタイルについて質問されて)私も人間ですから時としてカチンと来る時もありますよ、でも、プレーしながら、この相手が1年後にはチームメイトになるかも?とも考えましたし、リスペクトの精神も常に意識していました。とにかく勝つことに集中して、フェアプレーを心がけていました。

・(W杯北中米大会ではますます多国籍なチーム編成に…将来的にはこうした流れが世界の融和につながるか?問われて)そこにはやはり難しい事情もあります。まず言えることは違う背景を持った選手同士がいっしょにプレーするのは簡単なことではない、ということです。そうなるとやはりここでもリスペクトすることが大切で、そうでなければうまくいきません。(複数のルーツを有する選手は)どこでプレーするか決める必要があります。将来的にはこの多様性がプラスに働くことを望んでいます。

・(W杯北中米大会ではFIFAジャンニ・インファンティーノ会長の暴走に40憶人がブーイングだった、どう思うか?の質問に)地球上の全人口の半分はサッカーファンでもっと多いかも?そんな中、今回の今言われた「暴走」に関して、一番大事なのはスポーツの存在が一番上に来るべきでお金はそれより下だということです。以前に比べて多くの国・地域がW杯に参加するようになり、資金力の差もあれば時差もあります。でもお金を使うべきはスポーツ大会を円滑に行うための運営の部分で、チームや選手のコンディションを良好な状態に維持しないと、いいプレーはできません。


ベルリンの街中でひろスポ!取材班撮影


ベルリンの街中で女子サッカー


ハンドボールポスター、ポツダムで撮影

・(女子サッカーの現状、今後について聞かれ)女子については明るい将来が待っていると思います。(欧州で盛んな)ハンドボールやバスケットボールのダイナミックなプレーに女子サッカーも負けていません。今後、男子サッカーに追いつくほどのポテンシャルがあると考えます。VfBシュトゥットガルトは大きなクラブ組織ですが、女子サッカー部門はクラブに欠かせない存在になっています。

・(W杯における日独両代表チームの将来について聞かれ)ドイツのサッカーは残念ながら今どんどん成績が悪くなっています。一方で(W杯保中米大会優勝の)スペインはいいサッカーをしています。そこでドイツはいいサッカーをしようとスペインのサッカーをコピーするのですがうまくはいきません。真似することばかりに重きを置くと、元来ドイツが持っていた強みを消すことになります。逆にフランスやスペインはもともと持っていた良さにドイツのスタイルなどを加味して強くなりました。でもドイツもユルゲン・クロップ氏が新監督になったのでこれまでとは違うメンタリティで強化を図り、2、3年後には強くなるでしょう。日本は、確かな道を徐々にではありますがしっかりと歩んでいるように思います。もちろんこの先、まだ長い道のりとなるでしょうが、成長を続けていくでしょう。

(ひろスポ!広島スポーツ100年取材班&田辺一球)

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