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【ひろスポ!】広島スポーツニュースメディア > ジュニア・生涯スポーツ > 侍ハードラー、広島の真ん中で広島を語る(為末大、ひろスポ!開設記念特別インタビュー#5)
2014年04月20日
編集部編集部

侍ハードラー、広島の真ん中で広島を語る(為末大、ひろスポ!開設記念特別インタビュー#5)

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為末大さん、球場跡地で子供と記念写真
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―「転んでも手が出ない」そう言われて久しいわけですが、広島っ子にもあてはまる子育て世代必見必聴の内容になって参りました。スポーツでもっと幸せな広島へ…。まず、広島が日本中からお手本とされるような状況に持って行くことがべストなのでしょうけどね。

為末 いやぁ、そうなるといいですね!

―ですよね!世界に挑む「広島人気質」はこれからも大切にしたいですし、世界各国、地域から広島に向けられる目も大切にしないといけません。しかしながら、広島っ子が強くたくましく育ってくれるような具体的な施策を目にする機会がなかなかありません。

世界から見る広島、そのありのままの姿が見えていますか?

為末 僕が広島に一番言いたいことも今のお話にかぶるところがあるかもしれません。とにかく一回、海外に行って、そこから広島を見てみると、こんなに可能性が詰まっている街はない、ということがよく分かります。広島のみなさんには、もうちょっとそれに気づいてもらいたいんです。

それは、うーん…、どう言えばいいんでしょうね。今、このテーブルの上にコップがありますけど、それこそ世界で稀に見るような国宝級のコップが国内の何カ所かにあったとしましょうか。ある村の人たちはそれをたくさん持っているんだけどみんなその価値を知らないままガンガンに使って壊したり割っちゃたり、とそんな風に見えるんですね(苦笑い)。

一回、外から見ると「あれはすごいよ」っていう話なんです。世界のみんなが広島の名前を知っているということに気づいて、それをどうやって利用しようかっていうところに早く向かって欲しいな、と思います。

ただ難しいのは、単純に広島は世界からいいイメージではとらえられてはいない、ということです。ローマ字で「HIROSHIMA」と検索すると被爆の画像や情報がたくさん出てきます。この前、僕はボスニアに行ったんですが、現地のセルビア人の方が「日本の広島の放射能は大丈夫か?」と聞いてくるんですね。

彼らからするとネットで見る画像やイメージのままなんです。これはやっぱり問題で、「HIROSHIMA」で検索して出てくるデータの半分ぐらいは明るい話題に変えようよ、っていうことから始めないといけません。

ライバル都市は東京に非ず、広島は世界と直接結ばれる…

それには、オセロをひっくり返すように今あるものをうまくひっくり返していければいいんです。ないものを作るのは大変なことですけど、広島のイメージをうまくひっくり返すことができれば、世界で唯一のすごく印象の強い街になると思いますよ。広島は決して「悪名」ではありませんが「悪名は無名に勝る」とも言われます。

もう東京から広島、とかそんな話じゃなくて、パリから広島に飛んでくるイメージですね。だから広島のアンテナショップも東京・銀座じゃなくてロサンゼルスやフィレンツェに置くんです。

そして世界シェアを占めている熊野筆とかそういう特産品をそこで売りさばき、愛用してもらって、地場産業が各地に生産拠点も設け、ファッション、カルチャー、スポーツ文化の各ジャンルで欧米と直接つながりを持つんです。広島は早く日本を飛び抜けた方がいいですよ。

ライバルは東京とかじゃないんです。ヨーロッパを転戦していて、僕が一番感じたのはそういうことなんです。

為末大(ためすえ・だい) 1978年5月3日生まれ、広島市佐伯区五日市出身。五日市中学2年生で15歳の時に、100メートルジュニアオリンピック記録を更新。

広島皆実高校2年時に100メートルで同級生に勝てなくなりハードルへの道を模索するようになる。

法政大学に進学し、20歳の時に大学選手権400メートルハードルで優勝。22歳でシドニー五輪に出場するが予選敗退。大学に残り、23歳で挑んだ2001年世界陸上エドモントン大会で日本人選手トラック競技初のメダルとなる銅メダルを獲得。

大阪ガスに就職するが、2004年にプロ選手に転向。翌2005年、世界陸上ヘルシンキ大会でも銅メダル。オリンピックも2004年アテネ、2008年北京と3大会連続で出場。

「侍ハードラー」の呼び名で長らく日本陸上界をけん引し、2012年に34歳で引退。「諦める力」(プレジデント社)ほか著書多数。

現在は株式会社侍で「為末大学」(http://tamesue.jp/)を主催。学校体育、社会体育などの場で「走ること」などを通じ、スポーツの普及・振興に務めている。

ツイッターのフォロワー数が20万人を超えており、その発信力は常に注目されている。

 

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