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2017年10月12日
編集部編集部

東京五輪、メダルを託された森保一ジャパンは日本サッカー史の必然、その先にはフル代表日本人監督

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森保監督
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2020年東京五輪サッカー、男子日本代表監督に森保一氏(49)の就任が決まった。10月12日、都内であった日本サッカー協会理事会で、西野朗技術委員長(62)がその旨を報告し承認された。

サンフレッチェ広島を率いて3度、日本一に導いたこと、チームを作る術が巧みなこと、浅野拓磨(VfBシュトゥットガルト)に代表される育成の手腕に長けていること、そして何よりその人間性が協会関係者から高く評価された。

1996年のアトランタ五輪など数多くの”修羅場”をつぶさに観察し、経験してきた西野委員長に「Jリーグの中でも最高の実績を持った指導者」と言わしめるほどで、”送り出す”側の地元長崎や広島の関係者、サンフレッチェ広島サポーター、広島市民・県民にとってこれほど誇らしい話はない。

歴史は繰り返す。

1968年、メキシコ五輪で日本サッカーに金字塔、の銅メダル。その指揮を執ったのは、旧制広島高等師範学校附属中学(現広島大学附属高校)のFWでチームを日本一に道鐚長沼健。その代表メンバーには広島勢が6人もいた。

小城
メキシコ五輪メンバーで現在は広島県サッカー協会会長を務める小城得達氏。サッカー界の発展に尽力した功績を讃えられ、この春、旭日双光章を受章、7月に広島市内であった「叙勲を祝う会」であいさつした。

日本中が歓喜したメキシコ五輪。だが、森保氏はまだ生まれていない。

今度は「広島」を先頭にして文字通りの金字塔を打ち立てる。52年ぶりに、だ。半世紀を超えた歴史への挑戦。

代表監督就任決定を受け、ドイツに”一時避難”している森保氏はドイツ国内で取材陣につかまった。

その中で「東京五輪は最高の舞台だけど、それはゴールではなく通過点、もっともっと高みがあることを選手に伝えていく」ともコメントした。

その言葉は、そのまま自分自身にも向けられることになるはずだ。

東京五輪監督については、今季限りでガンバ大阪を退任する長谷川健太監督(52)、リオデジャネイロ五輪監督を務め大いに注目されたあと現在はフル代表をアシストする立場の手倉森誠コーチ(49)ら複数名が協会リストに載っていた。

森保氏に白羽の矢が立てられたのは「勝てる監督」(関係者)だからにほかならない。日本サッカーの未来を切り拓く指揮官は、屈することなく挑み続け、勝てるチームを作ることが要求される。

その過程で、森保氏自身も試される。

Jリーグ誕生以降、フル代表を指揮した日本人監督は加茂 周氏(1995年~97年)、岡田武史氏(1997年、98年と2007年から2010年)のふたりだけ。

「そろそろもう一度、日本人監督で勝負」と考えている関係者も多い。

ドイツ
ドイツサッカーでもう一度、原点に…(ひろスポ!ドイツ取材班撮影)

ところで、森保氏が今回ドイツを訪れたのは、自由に使える貴重な時間を使い、もう一度自分を見つめ直すためでもある。

高卒新人として何の保証もないまま単身、広島にやってきて、マツダの子会社にしか入社できない、まさにゼロからのスタートだったそのサッカー人生。その中にどっぷりつかってオフトジャパンのメンバーとしてドーハの悲劇も経験し、闘い続け…、そして気がつけば!?サンフレッチェ広島監督の肩書は旧知の仲でもあるヨンソン監督へ…

その結果、7月4日の「サンフレッチェ広島・森保監督退任発表」から3カ月ちょっとで日本サッカー界の新たな挑戦が始まることになった。

だが、この”物語”は急展開でも何でもない。長い日本のサッカーの歴史、その日本サッカーとともに歩んできた広島サッカーの100年を超える歴史の流れを踏襲していけば、もはや必然と言っていい。現在、インドでU−17日本代表を率いてはU−17ワールドカップ(W杯)を戦っている森山佳郎監督(49)も、1994年サンフレッチェ広島前期優勝でともに戦った仲…。

森保氏を広島に呼んだのは当時のサンフレッチェ広島、今西和男総監督(76)で、今西氏もまた日本代表の強化に努め、その流れの中で現場では岡田明丈監督が誕生した。

メキシコ五輪監督の長沼健氏がのちに日本サッカー協会会長の立場で尽力したことで2002年の日韓共催W杯が開催され、日本のサッカー文化は大きく花開いた。

第8代会長の長沼氏から遡ることおよそ40年、第4代会長として1955年から76年まで長きに渡り日本サッカー界を牽引した野津謙氏も広島人。1960年に日本代表コーチとしてD.クラマー氏を招聘し日本サッカーを新時代へと導いた。

全部が時間軸で繋がっている。その節目、節目でことごとく「広島」が絡むようにできている。

2016年8月29日、NHK総合テレビ「プロフェッショナル 仕事の流儀」が森保氏にスポットを当て、その人となりを紹介した。もちろん今回の森保ジャパン誕生を見越してのことだろう。

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誰も見たことのない道を一保一歩前へ、森保監督「仕事の流儀」に登場、その先には2020東京…(2016年8月24日掲載)
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Jリーグ王者になることがいかに難しいか、は誰もが知っている。しかしそれを4年の間に3度もやり遂げた森保氏のその”中身”はいったいどうなっているのか?

ところが、その答えはあまりにもシンプル…

「プレッシャーはありますよ、でも自分らしく、どんな時も自分らしく愚直にやり続けるしかないですし、それで広島のみなさんが笑顔になって下さるなら、こんなに素晴らしいことはありません」

その「広島」を「日本」に置き換えるだけ?…

森保ジャパン、10月中旬に予定される正式会見とともスタート!

日本サッカー界の未来に栄光あれ。

ひろスポ!森保ジャパン取材班

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