サンフレッチェ広島がいよいよガンバ大阪とJ1王者の座を巡って激突する。
サンフレッチェ広島がチャンピオンシップを戦うのはJリーグ誕生から2シーズン目の1994年以来、2度目。前回はヴェルディ川崎と広島ビッグアーチ、国立競技場で2試合を戦い、ともに0-1のスコアで敗れ去った。
その時、スタメンに名を連ねていたのが森保監督。だが森保監督は当時のことを聞かれても「あまり自分が戦った感覚はない…」とお茶を濁す。
ところが今のサンフレッチェ広島のベンチには、その森保選手らのチャンピオンシップでの戦いをベンチから見守り、現在に至るまで合計22年間に渡りチームをバックアップしてきた関係者がいる。チームドクターの今田岳男さんだ。
今田さんは1993年3月リーグスタート時からチームドクターとしてベンチに入るようになった。広島市安佐南区の出身で、長束小学校でサッカーを始めた。城北高校でもサッカーを続け、ポジションは「森保監督と同じ」MF。福岡大学医学部時代にも医学部のリーグ戦で活躍した。
そんな今田さんは森保監督の現役時代も、そして監督としてピッチに戻ってきた2012年以降もずっとチームの成長の跡を見守り続けてきたことになる。
11月22日の第2ステージ最終節、湘南ベルマーレ戦。エディオンスタジアム広島のベンチに座る今田さんは特別な思いで森保監督のことを見ていた。
湘南ベルマーレ戦開始前のベンチで(右端が今田さん)
「森保監督は選手はもちろん、スタッフもサポーターも選手の家族も大切にしてくれる、だからこの日があるのだし、きっとこの試合も勝つのだろうなと思っていました」
気負いのない森保監督の表情はいつも通りだった。今田さんはそう確信して、試合中は選手の動きに集中した。
キックオフ直前の今田さんもこの表情(左)
3万3210人のサポーターで埋め尽くされたスタジアムにキックオフのホイッスルが鳴り響いた。サンフレッチェ広島の猛攻が始まった。
前半のいい時間帯に先制点が入り、あっという間に3-0になった。3点目は佐藤寿人の通算157ゴール、J通算最多タイ記録弾となった。
「いつも声がでかい、と回りに言われてしまうんです。ベンチからピッチ上の選手に大丈夫か?などと声をかけますが、ついつい大声になってしまいます。だから寿人選手のゴールの時も真っ先にベンチを飛び出し叫んでしまいました」と今田さん。
そして「みんながチームのために、と思いながら戦っていますが寿人選手は1点を取るよりチームのためにという姿勢がとても強く、浅野選手と交替する時などの振る舞いを見ているとよけいにそう感じますね」と、選手を至近距離から見続けての思いも打ち明けた。
浅野に声をかけてピッチを出る佐藤寿人
後半16分、佐藤寿人が浅野と交替してベンチへ戻ってきた。今田さんはすかさず出迎えた。
その10分後、先制点を決めたドウグラスが相手ゴール前で倒れ込んだ。今田さんたちが駆け寄り応急処置を施した。
するとその2分後、ドウグラスは2点目を、さらに試合終了間際にはハットトリックを決めて5-0快勝、サンフレッチェ広島の第2ステージ優勝と年間勝ち点1位が決まった。
ハットトリックを決めたドウグラス
「2012年の最初の優勝はまさか、まさかという感じで見ていました。2013年は自力優勝はなくなっていたので難しいなかと…。それと比べて今年のチームはまだチャンピオンシップは取っていませんが、レッズやアントラーズなど、いわゆる強豪チームの仲間入りをしたんだな、という思いが強いですね」(今田さん)
サポーターと選手たちの中で今田さんも「優勝」の喜びに浸った。
少し前だとジュビロ磐田に移籍した駒野、最近では青山。チームと日本代表の狭間で、JリーグとW杯やオリンピックの狭間で、ケガを抱えながらも懸命にピッチに立とうとする選手たち。そんな姿を見守り、時にはその声に耳を傾けて、この仕事の難しさを実感しつつも、メンタル、フィジカルの両面で良好なコンディションを整えることに腐心する。
そして、森保監督の日頃の口癖と同じで「日々の積み重ね」が選手のパフォーマンスを存分に引き出すことになる。
そんな今田さんが口には出さないが強く願っていることがある。
それは…
地方のクラブがトップ選手を連れてこなくても、十分に世界と戦えることを証明してもらいたいですね。今年はFIFAクラブワールドカップが日本で開催されます。Jリーグチャンピオンになり勝ち上がっていけばFCバルセロナと戦う可能性もある。クラブワールドカップで世界一に!そんな夢を描いているんですよ。
FIFAクラブワールドカップ ジャパン2015詳細http://www.jfa.jp/match/fcwc_2015/about.html
高陽整形外科クリニック(広島市安佐北区口田南 8丁目14-13)
院長 今田 岳男さんプロフィール
1988年福岡大学医学部卒業
1989年広島大学医学部整形外科教室入局
1990年中電病院整形外科勤務
1992年厚生連吉田総合病院整形外科勤務
1994年広島共立病院整形外科勤務
1995年千代田中央病院整形外科部長
1999年加計町国民健康保険病院整形外科部長
2001年高陽整形外科クリニック院長
今田さんの記事など掲載の飛翔会グループHP・FB
www.hishokai.or.jp/