沼田高校正門前で写真に収まる斎原みず稀さん
生徒数954人。新学期が始まり、初めて1、2、3年生が揃った沼田高校の講堂の一角に突然、スポットライトが当てられた。
「コスタリカでのアンダーセブンティーン・ワールドカップで優勝した斎原みず稀さんです」
藤岡哲校長に名前を呼ばれ、拍手に送られて檀上に上がったヒロインの胸には金メダルが輝いていた。世界を相手に、初めて自分の可能性を試したおよそ1カ月の経験とともに手にした宝物。全校生徒から羨望のまなざしで迎えられた16歳は、時折、詰まりながらも現地で感じたこと、嬉しかったこと、これからのことなどを一生懸命語り続けた。
リトルなでしこ、世界を制す―
3月15日から4月4日まで、中央アメリカ南部のコスタリカで開催されたFIFAU-17ワールドカップで日本は世界の頂点に立った。「リトルなでしこ世界一」の肩書を手土産に都内で行われた帰国会見(4月7日)では、大勢の報道陣を前に全員で即席ダンスを披露して注目度がさらに増した。
一緒に戦ったみんなとその場で写真に収まることで少しずつ実感がわいてきた。「こうしてメダルを手にできて、すごく嬉しい気分になりました。やっと終わったなっていう感じです」広島に戻って一息つき、母校の見慣れた風景に囲まれてやっと安堵の表情を見せた。
日本代表メンバーに選ばれ、全国で活躍する他の20名と一緒に過ごすようになっても、しばらくは“人前で踊れる”ほどの勇気を出せるような自分の姿は想像できなかった。サッカーを始めたのは小学2年生の時。野球もやり、男の子に混じっての練習では生傷も絶えなかったが、それとこれとは話が別。事実、所属先のアンジュヴィオレ広島HPの自己紹介には「人見知り」としっかり書き込んである。
初めての日本代表、初めての世界舞台
代表メンバーに召集された21名中でもGKを除けば171センチの長身は一番目立っていた。それなのに合宿開始当初はなかなかボールが回ってこなかった。原因は分かっていた。「人見知り」が災いした。
「積極性が大事だなって思いました。自分から声を出してパスをもらう。予選リーグが近づいてくると、そういうことができるようになりました。やがて、みんなが私のプレーについていろいろと話しをしてくれるようになりました。どう改善していけばいいか、そんなことを、お互いに言い合えるようになりました」
予選会場のサンホセに移動するころには、チームメートと一緒にいる空間に心地よさを感じられるようになった。日本を発つ前にあった静岡合宿のころと比べると、明らかに自分の中に変化が生じ始めてるのがわかった。
予選リーグ初戦のスペイン戦は出番がなかったが、第2戦のパラグアイ戦では後半16分に出番を告げられた。
初の世界の舞台でその1分後に初ゴールを蹴り込んだ。その感触は今もはっきりと残っている。できれば講堂に集まったみんなにもその思いを十分に伝えたかったが、高い檀上からではうまく言葉にできなかった。
「私は相手の裏に抜けるのが好きで、ちょうどディフェンダーの間にボールも私も入るようなかっこうになって、それでファーストタッチも良かったので、あとは慎重に押し込むだけでした。そう、慎重に…、ですね」
笑顔で振り返る代表初ゴールシーンは「これまでのどんなゴールよりもぜんぜん違う」フィーリングに満ち溢れていた。と同時にこれまでのどんなプレーよりも大きな自信に繋がった。もっと上の世界に行きたいという思いも強くなった。
代表メンバーに大切なもの
予選リーグ第3戦のニュージーランド戦にはスタメンに名を連ねた。日本は予選リーグ3連勝で決勝トーナメント進出を決め、準々決勝のメキシコ戦を2-0、準決勝のベネズエラ戦を4-1で勝ちあがった。2戦とも後半途中から出場機会に恵まれた。試合を重ねるたびに、周りの動きが見えるようになってきた。相手GKとの駆け引きひとつをとってもバリエーションが増えてきた。
「うまい人たちに囲まれて技術の面で成長できたと思うし、外国人選手の強い当たりに慣れることもできました。でも一番はメンタル面。決勝の前に監督から“調子がいいから出番あるかも”と言われていたので準備はできていました。だから、思い切りプレーすることができました」
スペインを相手に日本が2-0とリードを広げ、残り時間は10分と少々。世界ナンバーワンを決めるピッチに飛び出していくと、体を張り、足を動かし、そして相手のゴールを脅かした。
ホイッスルが鳴り響く瞬間には、優勝の喜びをみんなと共有することができた。漠然としたイメージだった代表ユニホームは、世界一の称号とともに誇り高きものになった。
あの日から数えてまだ4日。気が付くと校内の桜はもう散り始めていた。新学期気分にもろく浸れぬまま、2年生になったという実感もあまりない。
再び世界に挑むために
少し、のんびりしたいか?と聞かれれば素直にうなづくこともできる。でも、新たな目標に向かってすぐに走りだす。残された時間はあまり多くはない。世界と国内トップレベルの力をその肌で感じ取り、考えることはこれまで以上に増えた。
少し先の夢は?
「2020年東京オリンピックです」
目の前に掲げる目標は?
「チャレンジリーグ得点王です」
これからは広島初のなでしこリーグ入りを目指すアンジュヴィオレ広島のFWとして、再び愛着のある紫のユニホームでゴールを目指す。
「チームの開幕戦に出ることができなかったので、たくさんゴールを決めてチームの勝利に貢献したいです」
胸のメダルをそっと制服のポケットへ仕舞い込み、小さなため息ひとつ…。広島と日本の双方から大きな期待を集めるようになったその後ろ姿は、クラスメートの待つ校舎に消えるころ普通の高校生に戻っていた。
斎原みず稀 (さいはら・みずき)
ポジションはFW、171センチ、57キロ。小学4年生までは野球部所属で主に投手。広島市立安佐中学から沼田高校(体育コースではない、普通科)へ進学する時に、チーム発足2年目のアンジュヴィオレ広島に入団することを決めた。昨シーズン、中国リーグ全9試合で17得点をマークして得点王。アンジュヴィオレ広島のチャレンジリーグ昇格の原動力になった。趣味は水彩画。好きな食べ物は讃岐うどん。「頑張りたい教科」は英語。
広島市立沼田高校 昭和60年は開校した全日制普通科高校で、平成2年に体育コースを設置。体育コースでは、トップアスリートの育成を目指し、水泳部、陸上部で日本代表に選ばれる選手を輩出、剣道部、女子バレーボール部、男子サッカー部、柔道部も活動が活発。3月末に普通科・体育コース専用の寄宿舎「飛翔館」が完成。体育科、体育コースがある県内公立3校では初。男女が別フロアに合計80名入ることがでる。