画像はエディオンピースウイング広島のピッチにお孫さんの菜々さんと立つ今西和男さん
スポーツニッポン(スポニチ、広島売りは最終の12版●で180円)では2月1日から「我が道 今西和男」を連載する。
「我が道」はスポニチで長らく続いて連載で、スポーツ界、芸能界の著名人の激動の半生を懐かしの写真や逸話を交えて紹介する。全27回+番外編(休刊日)もある。
広島市中区在住の今西和男さんは1月12日で85歳になったが、今なお毎日、運動を欠かさない。
4歳の時に被爆した経験をバネに少年期を広島の川や山とともに過ごし、ボールを追いかけ、そして東洋工業(現マツダ)入社後は社業でもサッカー部での活動でも先頭を走った。
激動の予感は1980年代後半から…サッカープロ化へのうねりの中で、最終的にはJリーグ誕生時にプロ化した10チームの中に名を連ねたマツダサッカー部員らで構成されるサンフレッチェ広島の総監督を務めることに…。と同時にJリーグの創成期の”肝の部分”だった代表強化も含めて強烈なインパクトを残して、初代チェアマン・東の川淵三郎に対して西の今西和男と呼ばれるようになった。
幼少時代→学生時代→東洋工業・マツダ時代→サンフレッチェ広島時代→サンフレから離れて以降のJリーグほかでの活動時代はいずれもエピソード満載。この6月にW杯で世界の頂点を目指すSAMURAI BLUE 森保一監督もまた高校卒業前にこの恩師との出会いがなければ、まったく違う人生を歩んでいたことになる。
ひろスポ!取材班はマツダがプロ化に踏み切る以前に、マツダスタジアムにも近い(ただし当時はマツダスタジアムはない)南区大州にあるマツダ体育館に今西さんを訪ね、今後の展望について聞いた時から取材させてもらってきたが、あっという間に35年ぐらいが経過したことになる。
コラム連載担当はJリーグ、国内外のサッカーに精通しあの「ドーハの悲劇」も現地で見届けたスポニチ名物記者の大西純一さん。
JリーグやSAMURAI BLUEの存在はその間に何十倍ものエナジーを持つようになったが、時代がどう変わっても変わらない絶対的なものがあることを、この連載が改めて伝えてくれることになりそうだ。(ひろスポ!広島スポーツ100年取材班&田辺一球)
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2025年08月06日
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