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2018年09月18日
編集部編集部

広島とともに歩み、日本人を強く意識することで世界に挑む森保一監督、9月末にロンドンでW杯ロシア大会参加の代表監督らと一同に会す

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森保監督
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広島市内であった「日本代表監督就任祝賀会」に出席した森保一監督(トップ画像)

 

サッカーの二刀流、森保一監督の「日本代表監督就任祝賀会」が9月17日、広島市内であった。約180人が出席してその船出を祝い、激励した。

昨年12月には同じ中区のANAクラウンプラザホテルで「U-23サッカー日本代表 森保一監督を激励する会」があったばかり。五輪代表とフル代表の監督を兼任するのは、2000年シドニー五輪と2002年日韓W杯で指揮したフランス人のフィリップ・トルシエ以来。日本人監督では初めてだ。

森保監督の”凄さ”はU-21を率いての先のジャカルタ・アジア大会銀メダルや、フル代表初陣を勝利で飾った11日のキリン・チャレンジカップ、コスタリカ戦(大阪)、さらにはその翌日のJクラブへの”お詫び行脚”などで徐々に明らかになりつつある。が、その本質の部分につては広島では存分に知れ渡っていても、全国的には未知数…という状況。

ただ日本サッカーの未来を2020年経由で2022年11月から12月のカタールまで背負って進んでいく森保ジャパンの何たるか…については、すでに多くの人が気づき始めているはずだ。

それは「日本人の特性」「日本の素晴らしさ」を前面に押し出して世界と渡り合う、文字通りの森保ジャパン、森保監督の目指す日本らしさで戦うチーム…

7月3日、あの黒海沿岸の都市・ロストフ・ナ・ドヌーでベルギーとの死闘の果てに一度は燃え尽きた青き炎、その先頭に立っていた西野朗監督からのバトンがスムーズな形で森保一監督に渡ることになったのも”そういうこと”だからだ。

森保一監督はサンフレッチェ広島時代には「広島」をベースにして戦ってきた。この日も最後に檀上から参加者に向けて「1987年に広島に来てからいろんな経験をしました。教育をしてくださった方々に来ていただいて光栄です」と頭を下げた。

ロストフ・ナ・ドヌーのちょうど1年前の7月3日、サンフレッチェ広島との契約を突如として終えることになった森保一監督はそのあと「就職活動」(本人の言葉)を続け、Jリーグ時代にはなかった長期のフリータイムを利用して手弁当で欧州にも渡った。

その際、旅を続ければ続けるほど「日本人の特性」「日本の素晴らしさ」を実感したという。それはそのままオンザピッチでも通用する話…。

発見の旅が終わるとすぐに五輪代表監督就任の大ニュース、続いて西野ジャパン誕生でスタッフとして招へいされ、その流れを受けて7月26日代表監督就任へ…

この日、日本代表監督就任祝賀会のあとメディア対応した森保一監督は9月末から一週間の日程でロンドンを訪ねる予定であることを伝えた。

現地では「ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズ」のミーティングに参加する。W杯を振り返るその場には、ロシア大会に出場した各国代表監督やテクニカルダイレクターが顔を揃える。

オフザピッチでもオンザピッチでも「日本らしさ」を追求する。それは西野ジャパンから引き継いだ、世界のベスト8の壁をぶち壊すための柱となる部分である。

「今も広島に住んで」その第2の故郷から世界を見据える森保一監督のこれからの4年間は、世界を知り、日本を知る、というスポーツの枠を超えたある意味学問的な戦いになる。

森保一スポーツ学

4年後、またカタールの砂漠の街に持ち込む強化書(教科書)の表紙には、どんなタイトルがつけられているだろうか…?

森保ジャパン取材班

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