画像は「平和の軸線」上で公益財団法人 広島県サッカー協会の宗政潤一郎と8・6を語る森保一監督
戦後80年、そして広島上空で人類史上初の原子爆弾がさく裂して80年目の8月6日。
サンフレッチェ広島の元指揮官でサッカー日本代表の森保一監督は、初めて平和記念式典に参列したあと、背後に原爆ドームの見えるひろしまゲートパーク西側のピースプロムナードまで移動した。
同プロムナードは「平和の軸線」と呼ばれる特殊な景観軸になっている。平和記念公園南端を東西に延びる平和大通りと直交する軸線にそって広島平和記念資料館と原爆ドームが一直線に並ぶ。原爆死没者慰霊碑からは原爆ドームを見通すことができ、資料館本館も軸線を塞がないよう吹き抜けで、軸線はさらに南へと伸びていく。原爆ドームから北側もこのプロムナードを通り、広島グリーンアリーナを経由してエディオンピースウイング広島のある広島スタジアムパークを貫いている。
会場をあとにして、公園内を見学途中に次々と市民らから声をかけられた森保一監督は、今ある平和な時間を噛み締めるように記念撮影などに応じ、ひとり、ひとりと言葉を交わしたあとこう話した。
原爆でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被爆者、ご遺族の方々、今もなお痛みや傷を抱えて生きておられる方がいらっしゃる…そうした方々に心を寄せ、寄り添っていくことを大切にしたい。そして、80年前は焼け野原だったこの広島の街が、いま綺麗で豊かな生活ができているのは、本当に尽力してくださった方々のおかげだと思っています。
その努力には本当に感謝しながら、この場に来ることができたことをありがたく思います。

すぐにファンにつかまりなかなか前に進めない、すべてのリクエストに応じるのが森保流…

それはみんなで笑顔になれるように…との思いから

元安川対岸から原爆ドームを見つめる森保一監督、手前は広島県サッカー協会の宗政潤一郎会長

原爆ドームを望みながら…

酷暑の中、「100周年記念動画」撮影に協力していただいた日本サッカー協会担当者や広島市担当者らと、森保一監督を中心に記念撮影、中央右がひろスポ!広島スポーツ100年取材班・田辺一球
………
2024年10月に協会設立100周年イベントを開催した広島県サッカー協会では、森保一監督らの協力も得て「100周年記念動画」を制作中。ひろスポ!の「広島スポーツ100年取材班」と代表者の田辺一球が動画責任者。今回も公益財団法人 日本サッカー協会の全面的な協力の下、8・6の森保一監督を撮影、取材した。(ひろスポ!広島スポーツ100年取材班&田辺一球)
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