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2022年12月27日
編集部

クリスマスの森保一監督続投&横内昭展氏ジュビロ監督報道、二人を育てた今西和男氏が今、思っていること

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今西
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画像は広島市内でW杯カタール大会、日本対ドイツ戦をテレビ観戦する今西和男氏

 

今年のクリスマスは日本サッカー界にとっても賑やかなものになった。

 

 

メディアは森保一監督の「続投」に向けた動きと、W杯カタール大会で森保一監督を補佐した横内昭展コーチのジュビロ磐田監督就任発表について続々とニュースをアップした。

 

 

このふたりの指導者の原点がマツダサッカー部であることはよく知られているし、ひろスポ!でも何度も報じてきた。

 

 

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上記、11月24日掲載記事の中ではこう記してある↓

 

 

その今西和男氏は広島市内のスポーツカフェで静かに日本-ドイツの死闘を見守り試合後にこう言った。

 

「見てましたけど、いやー頑張ったな、ここまでよく成長したなと思いますね。森保君、森保さん、ですね。そしてさっきも映っていたけど横内君。ふたりは最初にマツダでプレーしたころ、左サイドのコンビでした。ふたりは若いころからいろいろ悩んで、特に選手をやめたあと僕たちどうなるんだろうと…。それならちゃんと人の前で話しができるように、そして書くこと、考えることも必要と勉強会に参加させましたが、ふたりは率先して熱心にやっていました。現役をやめたあともサッカーにかかわる仕事がしたいとね」

 

引用は以上。

 

 

サンフレッチェ広島創設時代の立役者、今西和男氏については今さら説明する必要もないだろう。日本サッカー界大功労者のひとりで今も多くの“教え子”たちが日本サッカーの発展のために活躍中だが、森保・横内コンビもそう。今回の横内昭展氏のジュビロ監督就任に関しても「前々から家の中でもそういう話が出ていることを気にしていたので、発表があった時には大喜びでした」。ちなみに今西夫妻は、横内夫妻の仲人も務めている。

 

 

今西和男氏によれば、森保・横内コンビは、指導者になりたいという明確な意思がマツダ時代から特に明確だったという。

 

 

今西氏の話

ふたりがマツダにやって来たころ(横内1996年入社、森保1997年入社)、まだプロ化の話はなくて、現役をやめたあとどうするか、という問題がありました。仕事をしながらのサッカーは私もそうですが、同期の者は社業に専念してそれなりに社会人として成長し、出世もしていきます。高卒のふたりが引退する頃には同期と大きな差が生じていますから、それならそのあとどういう道を進むのか?どうサッカーと関わっていくか、ということになります。

 

ふたりに限らずそういう人は当時、増えつつありました。そのためには彼らの気持ちを受け止めなくてはいけません。そのためには教員になれなくても、サッカーの指導者の資格を取って教えることができるように、そんな話を早い時期から長沼さん(1987年~94年、日本サッカー協会会長を務めた長沼健氏)、岡野さん(当時副会長で1988年~2000年、会長を務めた岡野俊一郎氏)、平木さん(平木隆三氏、銅メダルのメキシコ五輪で長沼監督を支え、日本ユース代表監督、日本代表Bチーム監督も。ジュニア、ユース層の強化・育成に力を注いだ。1969年開催のFIFAコーチングスクールでは、スクールマスターのデッド.クラマー氏の助手を務めた)らにお願いしたんですよ。

 

そしたら長沼さんらも、そういうことをやっていけばいずれは韓国にも勝ってワールドカップにも日本が出るようになるだろう、と言ってくれましてね。

 

森保、横内は当時、午前中は仕事しなさい、午後からはサッカーという中にあって、マツダの理解も大きくて午前中は社員教育、勉強会をしようということになりました。人前で話をする、講演を聞いて文章を書く、それを発表する…。それを聞いた長沼さんなんかは「おー、それはいいことを聞いた、そういうことを協会も奨励しよう」とね(※ひろスポ!注)。長沼さんは日韓共催ワールドカップ開催もそうですが、大きな仕事をたくさんされましたね。

 

※…日本のプロ、アマサッカー指導者には「日本サッカー協会指導者ライセンス」が必要。ライセンスには様々な種類があるが、プロを指導する場合、最低でも公認C級コーチの資格が必要。狭き門の公認S級ライセンスを取得すればJリーグのトップチームや日本代表の監督ができる。日本サッカー協会は1993年のJリーグ設立で、サッカーの指導に専念するプロの指導者の育成が急務となり、日本サッカー協会がJリーグのトップチームの監督としてチームを指揮する場合「公認S級コーチ」資格取得を必須条件にした。

 

 

今西氏の話

今考えたら森保もね、よくついてきましたよ。人の話を聞く、自分のしゃべりたいことをまとめる。そういう勉強をみんなにやらせましたが、最初から意欲的でしたからね。サッカー大好きで、その道しかないと思ったんですね。選手として自立したいし、プロ化の話が出てきたころにはプロになりたいとね。そしてやめたあとは指導者になりたいと…。それなら人の話をよく聞いて、よく考えて、教える。だから話す力を養おうということになって、のちにはそういうことは当り前になったけど、その当時はまだそうじゃあありませんでしたから。やはり森保と横内かな、一番印象に残っているのはね…。

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