広島の黒田博樹が9月28日のDeNA戦(横浜)で10勝目をあげた。8回102球4安打ピッチングで初回に1点を失っただけで試合の流れを完璧にコントロールした。
八回を投げ終えベンチに戻る黒田には三塁側スタンドを赤く染めたカープファンから万雷の拍手が送られた。
それは5日前の神宮球場で帰りのバスに向かう時に浴びた罵声とは正反対のものだった。広島の優勝の可能性が消滅した9月22日の翌日、中4日で神宮のマウンドに上がった黒田は「3点取られたら終わり」の戦いに臨み、5回3失点で負け投手になった。
「最後はカープファンの存在が大きかった」国内復帰の決断がそういう危険性もはらんでいることは十分承知していたが、心の中の柔らかい部分に、その声はやはり突き刺さってきた。
ヤンキースからFAとなり、8年ぶりの古巣復帰を宣言した黒田は年明け、ロサンゼルス近郊で自主トレを公開した時、衝撃の発言をして日米双方の関係者やファンを驚かせた。
日本球界復帰に際し、目標を2桁勝利として達成できなければ「区切りをつけないといけないと思う、それなりの責任と覚悟をもって日本に帰る」と引退すら示唆し自らを厳しい環境へと導いた。
メジャー通算79勝。日本投手最長となる5年連続2桁勝利を記録していても、「二桁」が高い目標であることは十分に分かっていたはずだ。バットにコンタクトさせる能力は日本の方が上、というのが通説で、ファウルで粘られ球数が増えるようなケースが重なってくると苦しくなることも想定された。
そんな中、2度足踏みしたのちに二けた10勝にたどり着いた黒田は「負ければクライマックスシリーズもほぼ消滅」というチームの危機も救ってみせた。
だがインタビューで10勝について尋ねられても「いや、何も考えてないです」と話し、それ以上の言葉はなかった。
おそらくチームの24年ぶりのリーグ優勝が消えた時点で、10勝の価値やその輝きを黒田自身が見いだせなくなったのだろう。
黒田はインタビューの中で「まずはあす神宮でチームが勝てること」「また神宮で熱い応援をお願いします」と2度、チームの勝利のことをスタンドのファンに訴えた。
「ファンのために」「1球の重み」を胸に投げる黒田にとって、自分のこと、終わったことよりもレギュラーシーズン残り5試合の勝敗の方が最優先。そして背番号15には、もう一度先発マウンドに立つチャンスが残されている。