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2014年12月28日
編集部編集部

広島復帰の黒田博樹、決め手はNYステーキより、広島風お好み焼…だった!?

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黒田もひいき、もりのお好み焼2014年12月28日
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黒田博樹の広島復帰のニュースが駆け巡ってから一夜が明けた。各メディアは”後追い記事合戦”の様相を呈している。…なので「ひろスポ!」は別の角度から攻める!?

広島市中心地にほど近いお好み焼き屋さん。

もりの鉄板、フル稼働

広島ならどこでも見かけるようなその店のたたずまい。日曜日のお昼過ぎ、次々とやってきたお客さんのため鉄板の上はフル稼働。そして、おいしそうにお好み焼をほおばる客たちの会話は…

「黒田が帰ってきたね」

「マツダスタジアムに見にいかんといけんね」

「先発かね?」

「先発じゃろう?」

実はこの店、ひろスポ!の「お好み焼の味ランキンクング」調査では県内ナンバーワン。多くのカープ選手やOB、著名人も密かに通っている。そしてかつては黒田博樹も…。

その鉄板で食べているカープファンはそうとは知らずになおも黒田の話に熱中…。

もりの店構え

「カープのユニホームを相手に投げている自分が想像できない」

2006年オフ、黒田はそんな名言とともにFA宣言を封印して広島に残りエースとしての役目をまっとうした。

その時、黒田にテレビカメラを向け「どうして残留することにしたのか」、詳しく話を聞いたことがある。さらにカメラを止め、談笑しながらこう聞いた。

「関西風と広島風、どちらのお好み焼の方が好きなのか?」と…

笑顔の黒田は即答だった。

「広島風…ですよ!」

大阪生まれの大阪育ち。しかし広島は第2の故郷になっていた。山本浩二監督の下で1試合140球、150球…と投げ続けた。しかも2003年と2005年には200イニング超えもやってのけた。

「こうまでして耐えていかないといけないのか…」

エースとしての責任感とプライドと…。耐え忍ぶ中でやがて「投げ続ける」ことの意味や価値に気づいていくことになった。

「広島が自分を育ててくれた」

メジャーリーグの頂点を極めるような立場になってなお、いやだからこそ広島に対する感謝の気持ちを忘れない。

それに加えてやはり、どんなに高級なニューヨークのレストランで味わうステーキよりも、庶民派の広島風お好み焼の方が性に合っている!?

広島からカープ時代の記者や女子アナたちがニューヨークを訪ねてくれば、どんなに忙しくても夜、食事に誘って笑顔で迎えてくれた、という。

そんな黒田がまた広島に帰ってくる。そう、決め手は新井貴浩選手の存在とともに、NYステーキよりも広島風お好み焼、の日常だったのである。

(文責・ひろスポ!黒田博樹取材班)

もりのそば肉野菜W

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