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2015年01月14日
編集部

カープ女子のみなさんへ、「黒田博樹投手の広島時代」第12回、黒田の流儀、2005年の15勝14敗、11完投

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前田のティー打撃2006年春キャンプ
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広島のエース黒田博樹の素顔」第12回

黒田の流儀、2005年の15勝14敗、11完投

 

黒田が15勝をマークした2005年、前田智徳は初めて全146試合に出場して自己最多の32本塁打をマーク、打点も87で黒田を援護した

 

広島のエース黒田博樹の素顔」第11回

黒田の流儀、2005年の15勝14敗、11完投

 

黒田博樹を知る上で大きな転機になったシーズンがある。2005年は間違いなくそうだろう。28試合に先発して15勝をあげ最多勝利の初タイトルを取った。

しかも“ただの15勝”ではない。完投が11もある。そして負けの数も15。要するに決着のつくまで黒田は投げ続けた。投球回数は212回と3分の2を数え得た。

「ミスター完投」

平成の剛腕にふさわしい呼び名が加わった。

 

黒田の完投には本人もこだわったが当時の山本監督もこだわった。いや山本監督の方が“先”だ。「まさかまだ投げるのか、という試合も実際にありました。でもそのことの大事さが今になって分かります」黒田はあとになってそう話した。

 

勝ち負けきっちり、が当たり前のエース黒田、そして43本塁打でセ・リーグホームラン王の新井貴浩。2005年は投打の柱がタイトルホルダーになった。しかしチームは…

なんと最下位。当時の打撃陣には心境著しい栗原や2004年の首位打者、「赤ゴジラ」嶋がいた。さらに前田智徳。前田は2005年に初めて全146試合に出場して172安打を放ち自己最多の32本塁打をマークした。打点も87。

だが黒田以外の投手陣はガタガタのメロメロ…。12球団最多与四球を記録するなど“投球以前の問題”を指摘されるていたらくで、黒田ひとりに頼らざるを得ない事態になっていた。

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