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2022年01月15日
編集部

広島マリーナホップ解体と広島アジア大会以降の迷走と西飛行場廃港と総合グランドの軍都の歴史を広島県はどう考えているのか?

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マリーナホップ
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トップ画像は解体が発表された翌日(1月14日)のマリーナサーカスで正午ごろ撮影、ミニジェットコースターに大人ひとりが乗り、動き出した

 

 

 

広島市西区の広島県総合グランド(注・グラウンドではない)。2021年10月からはネーミングライツによりBalcom BMW 総合グランド(バルコム・ビーエムタブリュー・ひろしまそうごうグランド)の呼称が新聞記事でも用いられている。

 

 

 

先ごろスタートしたラグビー新リーグ「トップワン」の広島での開幕戦もこの“グラウンド”で行われた。ラグビー場のほかに陸上競技場、高校野球でもお馴染みの野球場などがレイアウトされている。

 

被爆から6年後の1951年。「家族や親族を原爆で失って何でスポーツか?」「たくさん広島に人が来てお店も繁盛するといいですね」そんな声が交錯する時代に広島国体が開催され、初めてこの施設群が全国規模の大会で使用された。

 

 

 

その後は1968年インターハイ、1992年サッカーのアジア杯、1994年の広島アジア大会、1996年のひろしま国体で会場になった。サンフレッチェ広島はJリーグ誕生と同時に一時期、ここをホームグラウンドとした。遡れば廃墟の街から生まれたカープもそうだ。

 

 

 

 

この「グランド」の歴史はさらに古く、戦前に遡る。

 

 

 

1937年に日中戦争が始まり、軍都広島の役割がいっそう重要視されるようになったまさにそのタイミングで「総合体錬場」とし開場した。

 

 

 

広島県の皇紀2600年事業の一貫で、完工式があったのは1941年12月7日。翌8日、記念の体育大会の最中に真珠湾攻撃の大本営発表が会場内に流され、異様な雰囲気が漂ったという。

 

※皇紀2600年事業…1940年(昭和15年)が神武天皇即位紀元2600年に当たることから、日本政府は1935年(昭和10年)10月1日に「紀元二千六百年祝典準備委員会」(会長:内閣総理大臣岡田啓介)を発足させて記念行事を計画・推進した。

 

 

 

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(2021年12月8日掲載)

 

 

 

Balcom BMW 総合グランドは県の持ち物だが、広島県自体はまずこの「グランド史」をどうとらえ、どうしようとしているのか?まったく見えないと言っていい。

 

 

 

広島県の姿勢をここから批判してばかりになるが、事実、そういう声を多々耳にしてきた。

 

 

 

まず、この「グランド」の南にせっかくあった広島西飛行場を廃止したこと。今、本郷にある広島空港は見る影もない。アクセスが悪いからだ。(それに加えて温暖化で霧の悪条件が顕著になった)

 

 

 

同じように東広島市に移転した広島大学は徐々に元あった千田町の方へ大事な機能を戻しつつある。今の越智光夫学長になってその動きが顕著になった。これも広島県の大失敗例のひとつ。

 

 

空港機能もそう。1993年10月に開港した“新空港”では「臨空タウン」なるバラ色の未来を広島県は描いていた。が、空港周辺に「タウン」などない。近隣のホテルは次々に経営者が変わり、唯一の大衆向け“集客施設”だった地方競馬共同場外馬券場も短命に終わった。(2007年7月から2020年7月まで)

 

 

 

わざわざ広島空港を引用したのは、同じように広島アジア大会に向けての流れの中での失敗例だからだ。巨大イベントに合わせてインフラを整備する際のコンセプトや細部に渡る配慮の有無。後になって失敗だ!と叫んでも誰も責任は取らない。ツケは県民が払わされる。(広島-東京間は新幹線か深夜バスで。巨大災害の際に現空港は真価を発揮するだろうが…)

 

 

 

空港が移転し、西区観音地区には広島西飛行場が残されたが、コミューター航空拠点としてのトライに失敗した。旧出発ロビーはメイプルプラザと称して修学旅行生などを対象とした物産館やスーパーマーケット、ゲームセンターが入る施設に転用されたがこれも長く続かず、今度はサンフレッチェ広島事務所にまた転用されたがサンフレッチェ広島も出て行った。

 

 

その途中、2012年11月で飛行場は廃港となった。(定期便廃止は2010年10月)やはりこれを決めたのも広島県の湯崎英彦知事と広島市の松井一実市長だ。両者の決断は現在においてもすでに失敗の感が強いが10年後、20年後にはさらに大失敗のレッテルを張られる可能性が高い。

 

 

 

広島県の西区観音地区での守備範囲は広い。広島市とともに2017年4月に広島西飛行場跡地利用計画」を策定したが、その広大なエリアの再開発を巡って話は二転三転し、市民、県民の関心はまるで高まってこないまま、できるところから跡地で様々な施設が作られ、また建設中だ。中でもモルテンが2022年11月の業務開始を目指すテクニカルセンター「molten the Box(モルテン・ザ・ボックス)」の槌音がかしましい。

 

 

 

総合グランドに近い場所に国際企業モルテンの研究・ブランド体感施設。そう考えれば合点もいくが、今、元「滑走路」だった広大なエリアで進められているプランは霧で視界不良の広島空港滑走路と一緒でぜんぜん未来像が描けない。

 

 

 

言葉は悪いが“その慣れの果て”が総合グラウンドからわずかに2・5キロ南に位置する広島マリーナホップだ。1月15日付中国新聞に「常連客ら戸惑い・驚き」の見出しで記事が出ている。いずれのマスメディアも同様の論調だった。決して「驚き」ではない。

 

 

 

2021年7月には広島県がマリーナホップを中心としたこのエリアで2025年度からの新規事業を提案する募集を開始した。その結果が2022年1月13日に発表されただけ。マリーナホップは解体され”またまた”別の事業者が乗り込んでくる。

 

 

 

マリーナホップが立地する県有地。ここもまた広島アジア大会を契機に紆余曲折があり、今に至る。マリーナホップを解体するというのだからこれも大失敗だ。

 

 

 

「なんでこんなものをここに造ったのか?」広島の観光事業を代表する、瀬戸内海を知り尽くしたある著名な人物の最初の言葉が今も耳に残る。マリーナホップはできたその時点で失敗だった。

 

 

 

何がどう失敗か?せっかく瀬戸内海の世界有数の観光資源が目の前にあるのに海にセクセスできない。眺めるだけ。法律云々は特区でもなんでもニーズに合うように変更すればいい。ただ、シーサイドにどこにでもある複合商業施設を作っただけ。これならほかでやればいい。

 

マリーナホップ
プロムナードデッキと海はこの手すりと柵で完全に仕切られ親水性はゼロ

 

広島市のウオーターフロントは広島市ではなく広島県が整備を進める。ここ30年で広島市に大差をつけアジア中核都市に変貌した福岡市は「ウオーターフロントネクスト」を掲げている。ここが広島と福岡の大きな違いだ。

 

 

 

その福岡を手本とする広島は着々と海に開かれた都市へと生まれ変わる福岡の手法を横目に、アジア大会ヨット会場として広島観音マリーナを整備した。

 

 

 

アジア大会開催に合わせて、当時不法係留が大きな問題となっていたプレジャーボートの基地を完成させ、さらに「陸地」の開発も進めようとした。それが広島県の描いた青写真。

 

 

 

だが、テナントとして予定していたリゾート開発会社が撤退。広島市も出資し、ここでも紆余曲折あって2005年にやっとマリーナホップが誕生した。すでに西飛行場がなくなってから13年も経過している。当然ながらその界隈を走るバス便は減り、人の流れもますます観音地区から減っていた。てこ入れとなるのは総合グランドと飛行場跡地の間を走る広島南道路の供用開始だけ、だった。

 

 

 

「マリーナホップ、出航です!」 2005年当時、中四国最大級のアウトレットモールとしてオープン、初年度には来館者約340万人を記録した。2006年には新商業棟ができたが、2007年にはもう怪しくなった。リニューアルを繰り返し、遊園地機能の無料券が配られた。

 

 

 

2008年5月、運営会社のミキシングが大阪地裁に民事再生法適用を申請。その後、別の事業者が引き継ぎ、“最後”に引き継いだのが第一ビルサービス(広島市中区大手町)だった。

 

 

 

勝負手は2017年6月オープンのマリホ水族館。この時も新聞、テレビがこぞって取り上げた。このプラン担当者の話も詳しく聞いた。自信満々だったが結果は一緒。賑わいは長く続かなかった。

 

マリーナホップ
マリホ水族館、感染防止対策を徹底して営業中だが来場者は見かけなかった

 

第一ビルサービス傘下の株式会社マリーナホッププロパティは「緑そよぐ大人の海マチ」にそのコンセプトを置き換え、時間とお金に余裕のある層を取り込もうとした。一方で小さな子供のいる世代にも引き続き足を向けてもらおうとした。

 

 

 

ただ、マリーナホップのHPによれば、水族館→小動物と触れ合おう→ランチタイム→遊園地で遊ぼう→ショッピング→レストランでディナータイム→夕景・夜景→プロジェクションマッピング、となっている。この流れは「大人の海マチ」とはまた別だろう。

 

 

 

第一ビルサービス以降でよく分かる施設内での変化と言えば水族館オープン以外には施設内で流れるBGMが変わったことぐらい。テナントが空くたびに別の業種が入り、プロジェクションマッピングほかの新企画も決定打には程遠く、そこにコロナ禍。だがコロナ禍がなくても結果は変わらないだろう。

 

 

 

マリーナホップのフェイスブックには1月15日、以下の告知がなされた。

 

ご存じの方が多いかと思いますが、広島マリーナホップは2024年12月を目途に営業を終了することが決まりました。
当社としましては、引き続き広島マリーナホップの営業継続を提案しましたが、残念ながら採用いただくことは叶いませんでした。
しかし、残された約3年間、皆様の憩いの場となれるよう変わらず努めて参りますので、何卒よろしくお願いいたします!
また、2025年以降、新しく整備される施設が、広島にとって一層の賑わいを与えてくれるものになることを期待しております!

 

 

 

結果論と言えば結果論だが、誰がやっても広島西飛行場廃港のちの総合グラウンド以南のウオーターフロント、リバーフロントエリアは広島県民、市民の馴染みのない空間と化している(皮肉なことに今はその一角に設けたPCRセンターが賑わっているが)のだから、小手先の手法ではどうにもならなかったということになる。

 

 

 

ただしそんな中でも比較的来場者の多いゾーンもある。集客や売り上げが低迷する中で広大な床面積を埋めるべく“リリーフ登板”した「バルコム マリーナベイ」だ。ここでも総合グランドと同じバルコムモータース(安佐南区中筋)の出番(こちらが先)となっている。

 

マリーナホップ
二輪施設は街からチョイ乗りでやってくることができるからニーズがある

 

敷地面積は7260平方メートル。輸入中古車や国産中古車が展示され、整備工場も併設された。二輪のHarley DAvidson Balcom Marina Bayもライダーたちの拠点になっている。

 

 

 

ここで留意すべきはヨット、プレジャーボートの拠点施設関連の開発エリアに陸の乗り物でやってくるサービス施設の方が賑わっている、という点だ。これは当初、広島県が思い描いていたコンセプトとは異なる。だが結果的にはニーズがあった。

 

 

 

その証拠にマリーナホップを解体“してまで”新たに採用する案は「陸の話」が中心になる。多目的サーキットと飲食店などを併設した施設で、主にトヨタ車向けのアフターパーツなどの開発・販売を手がける「トムス」(東京都世田谷区)と広島トヨペット(広島市西区)が広島県の言う「にぎわいの創出を通じた広島県経済の活性化への寄与」を担う。

 

 

 

今回もまた広島県の関係者は「オーシャンビューを活用し、周辺施設と調和するようなアイデア」を選ぶとしていたが、結果が出るころにはもう湯崎知事さえ知事の椅子にはいないだろう。

 

 

 

広島県と広島市は、総合グランドの特別な歴史と広島の戦後復興の“一翼”を担ってきた広島空港→広島西飛行場の歴史、そして広島アジア大会の遺産をトータルでコーディネイトする気があるのか?ないのか?

 

マリーナホップ
マリーナ海浜公園、沖にはヨット、この浜から海に出る

 

マリーナホップ
いるのはカラスだけ、もったいない

 

 

 

その広大なエリアの最南端ではマリーナ海浜公園管理棟の新築工事も進められている。この公園からは直接、瀬戸内海に触れることができ、沖には子どもたちの操るヨットも浮かんでいる。広島アジア大会の遺産がうまく生かされている例ではあるが、100万都市のそれとしては福岡など他のウオーターフロントと比べて大きく見劣りする。

 

 

 

試しに1月14日のランチタイムにマリーナホップの中を全部歩いてみた。瀬戸内海が見渡せる飲食店で食事していたのはわずかに3グループ。海沿いのプロムナードデッキに人影なし。ミニ遊園地マリーナサーカスはおとな一組だけ。歩き回って出会った来場者は全部で40人前後という有様だった。

 

 

 

福岡市には4月、三井不動産、九州電力、西日本鉄道の3社が博多区の青果市場跡地を開発して九州初の「ららぽーと」をオープンさせる。その規模は巨大で既存のウオーターフロント施設、マリノアシティ福岡なども影響を受けるだろう。

 

広島市内でもすでに大型商業施設は十分過ぎるほど展開中で、同じく三井不動産などのアルパークも大幅なてこ入れが続いている。ららぽーと福岡には陸上トラックやテニス・バスケットボール・フットサルのコートが設けられる。何が未来への遺産になるのか?どの都市も試行錯誤は続く。

 

”個人的”には湯崎知事の音頭で大成功となっているサイクリングロードの新拠点も設けたらどうか?すでに宮島への航路もある(現在は休止中)。呉市から宮島口まで自転車ルートを充実させる。広島県では尾道-呉ほかで「瀬戸内サイクリングロード」の整備を進めている。とびしま海道やかきしま海道に倣って安芸ひろしま海道(あきしま海道)でいいだろう。(広島スポーツ100年取材班&田辺一球)

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