サンフレッチェ広島の青山敏弘は今シーズンを持ちまして現役を引退することになりました。これまで支えていただいたクラブ、チームメイト、サポーターのみなさんには感謝を伝えたいと思います。どうもありがとうございました。(深呼吸して深く頭を下げる)
この言葉で始まった10月21日の青山敏弘引退会見の内容は、ひろスポ!スタッフが取材してきた過去40年近い経験の中でも突出して内容の濃い、そして熱いものになった…アスリート、スポーツ選手がどんな思いで戦い、何のために戦うのか?なぜ自分がその土地のそのステージに立ち続けるのか、その答えがそこには散りばめられていた。
以下、代表質問
-まだ現役生活の終わりを告げるホイッスルは鳴っていませんが…ついにこの日が来てしまったという印象もありますが、引退会見を迎えての今の気持ちは?
青山 尊敬できるサンフレッチェ広島というクラブで引退できることを幸せに思っています。21年という長い現役生活の全てをこのクラブでプレーさせていただいて、全てを捧げさせていただいた、そういう大きな誇りを胸に引退できることを嬉しく思っています。
-最後に決めたのは何時頃で、その決断理由は?
青山 そうですね…まあ今年、今シーズンが始まる前から、今年で最後だと…前強化部長の足立さんとふたりで話し合って、今年に挑みました。…なので、今年の初めから決めてました。
-その要因は?
青山 まず、このチームに自分が入団させてもらえたのは、足立さんにスカウトしていただいたので、その足立さんに背中を叩いてもらったことが自分の中では大きかったです。
-引退に対して未練、迷いは?
青山 今年で最後っていう思いで今シーズン、戦ってきました。その上でクラブの決断を覆したいという想いも持って戦ってきましたので、その決断を覆そうと思って戦ってきたんで、それを覆せなかった自分の力不足を感じていますし、今思い切り若い子たちががんばっているんでね、その子たちが僕のポジションをね奪って(リーグ戦)首位争いをしてくれているんで、これほど気持ちよく引退できることはないですし、僕にとっていいことだと思っているんで、僕がポジションを奪えなかったから引退する、潔く辞めさせていただきます。
-周りのどなたかに相談は?
青山 引退すること自体の相談はなかったですけど、今シーズン初めにも現監督(ミヒャエル・スキッベ監督)に今年引退する引退することを伝えさせていただきました。まあ監督は”アオにふさわしいそういうシーズンにしたい”とおっしゃってくれたんで、僕も”最高のシーズンにしたい、優勝して最後のシーズンにしたい”と伝えさせていただきました。
-ご家族は?
青山 あまりかしこまってね、話すことはしないので、自然に伝えさせてもらいました。奥さんはそうですし、こどもたちにも伝えさせてもらいました。
-引退しないでね、という言葉は?
青山 それは言わなかったですけど、気持ちはもちろん伝わってきました。
-サンフレッチェでの24年間はどういった時間でしたか?
青山 毎日、目の前のことにめいっぱい頑張ってきたんで、気付けば21年…長いキャリアになりましたけども、全く余裕もなく、毎日グラウンドの上で勝負をする、そういう時間が最高に楽しかったですね。
-3度のJ1制覇、個人としてはMVP、そしてJ2降格…一番印象に残っているシーンは?
青山 やっぱり(2012年の)初優勝ですね。それまでJ2降格しましたし、怪我もたくさんしてきましたけれども、そのたびに僕自身強くなって、這い上がってきましたし、クラブから選手が一人ずつ抜けていくなかでね、クラブと一緒になって僕は這い上がってきた、成長していったと思っているので、その形が優勝ということになったのは本当に嬉しかったですね。
-紫のユニホームでJ1クラブ史上最多の443試合の出場となりました。
青山 やはり感謝しかないですね。たくさんの、監督さんと仲間たち、チームメイト、スタッフのみなさんが僕を支えてくれたと思っているので、感謝でいっぱいです。
-指導者の方にはどんな気持ちを伝えたい?
青山 みなさん、情熱やサッカーの哲学もそうですけど全てをね吸収させていただいて今の自分があると思っていますし、その時々の監督の想いに100パーセント僕は応えようと、常に監督と同じ目線だったりチームと同じ目線に立ってやってきました。それに応えられたかどうかはわからないですけど、ここまで自分を大きくしてくれたことに感謝したいですね。
-これぞ青山敏弘、というプレーは?
青山 …どうですかね?僕はまず…ファンサービスかな?(笑)サポーターの皆さんとの触れあい…勝って初めて応援してもらえる、同じ目線でね戦っていけたことがね、一番大きかったと思うので、僕のパワーになっていましたし、その関係性が僕の一番の成功の秘訣じゃないかなと思っています。
-そのファンのみなさんの夢でもあったエディオンピースウイングのピッチに立った光景はいかがでしたか?
青山 (笑顔で)僕自身まだ実感は湧いていません。あそこに立っているんですけど、まだ自分のプレーを見せることができていないというのがあるので、やっぱり今シーズンの最後にピッチに立って、優勝して、やっぱりここで”この景色を見たかったんだ”と実感して、現役を終えたいなと思います。
-ファンの方の目に焼き付けてもらいたいプレーはありますか?
青山 やっぱり自分の強みは勝負強さだと思っているので、ここっていう時のアシストやゴールを決めたいと思うので、今シーズン最後に一発っていうのを狙って、一番いい時に、一番いいものを、最後もってきたいなと思っています。
-今、背番号6のユニホームが飾られています、それをつけての思い、今後こういう選手に背負ってもらいたいと…
青山 はい、長くこの背番号と共にピッチに立たせていただいて戦ってきました。”サンフレッチェ広島の6番は青山敏弘だね”と言ってもらえるようにね、ずっとやってきましたし、結果を出して初めて自分の背番号だと、胸を張って言えたので、これから結果を出してくれる選手がつけてもらえれば僕自身、嬉しいと思っています。
-そしてユニホームを脱いで来季以降、第2の夢としてやりたいことは?
青山 僕はやっぱりピッチの上で戦い続けたいですね(即答)。このクラブで、指導者として…うん、監督として、日本一になりたい…それが次の夢になるんじゃないかと思っています。
-いつもサポーターのみなさんへはどんな声を…
青山 本当に長い間、いい関係を築かせていただいたと思っています。僕にとっては、どんな結果以上に、ファン・サポーターの皆さんとの絆が大きいと思うので、その絆を築けたことが僕にとって、プロサッカー選手としての成功じゃないかと思っているので、皆さんに感謝したいです。
-最後にまだ現役生活は続きます。どんな意気込みで挑むのか決意を
青山 まだ終わっていないので、ファイティングポーズを取り続けていきますし、隙あれば若い選手からポジションを取ってやりたいし、自分はそれが最後までそれができると信じて走り続けますし、最後にそれが結果に結びつくことを信じて、最後の最後まで、この紫の6番は戦い続けます…見ていてください。(笑顔で代表質問を終える)
以下、各メディア質問
青山 (これまで闘ってきた原動力は)まず広島愛だと思います。僕はこのチーム大好きです。もしかしたら、みなさんが思っているより大好きかもしれないですけど、いろんなものをいただきました。そのたびに成長して、結果も出てきて、いろんなもを終わったからには返さなければいけない。僕はそういう思いでずっとこの紫のユニホームを着させていただきました。まあ、どこまで返せたかは分からないですけど、まだ足りないかもしtれないです。最後の最後までこの紫のユニホーム、サンフレッチェのエンブレムのために闘います。
-引退発表がきょうというタイミングになったのは?
青山 そうですね、クラブと話し合って決めました。なるべく早く伝えたかったですし、クラブの方々、選手、サポーターのみなさんに少しでも青山敏弘という選手を見ていただけたらと…やっぱり誰も言ってこなかった優勝と言う言葉を僕がみんの前で”優勝したい”と伝えさせてもらいました。
あと残りリーグ戦4試合、ここからがホンモノの優勝争いだと思ってますし、僕もそこの一員で戦いたいと思って…その目標目指して…やりたいなと…サポーターのみなさんもそうでしす、ひとつになるようなものがもし僕で…何かそういうようなものがあれば、力になりたいとそういう思いも込めて、きょうここに会見、ということになりました。
-広島愛を貫き通せたサンフレッチェ広島のクラブの魅力を改めて…
青山 常に尊敬できるいいチーム、いいクラブだと僕は思い続けてきました。入団してからいろんなことがありましたけども、きょうまで尊敬させていたでくクラブであり続けたと感謝したいと思います。だからこそ僕はこのクラブで頑張り続けることができたと思っています。
-青山選手にとってボランチというポジションへのこだわり、誰かが壁になったなどなどについて
青山 僕が入団した時、このクラブにはサンパイオ選手と森崎和幸、李 漢宰選手、すごく多彩な選手がいました。憧れにしてはダメなんだと思いながらも、誰より負けず嫌いなサンパイオ選手を見て”ああならないといけない”と、本気で戦わないといけないと1年目にして学んでそれが基準で良かったなと…勝ちにこだわる、一番心臓のボランチの選手はそうじゃなければダメだと、一番いいお手本が目の前にいたのでそれが僕にとって大きな基準になったと思います。
やっぱり森崎カズ選手、越えなければいけない壁、ほんとにあの人を越えないと試合に出れないと本気で挑み続けたんですけど、まあけっきょく超えたかどうかは…越えられてはいないと自分では思っているので、常にそういう僕の前に大きな壁がいてくれて幸せだったと、あの大きな壁がなければ今の自分はいないと思います。感謝ですね。